猫又

猫又

尻尾が二股になるまで齢を経た猫のことで、さまざまな怪しいふるまいをすると恐れられた。鎌倉時代には猫の怪異として知られており、藤原定家の『明月記』には、天福元年(1233年)8月2日の条で、南都に猫股という化け物が出て一夜に7、8人を食らい、死んでしまう者が多いなどとあり、目は猫のごとく、形は大きい犬のようだと記されている。
『明月記』の猫股は狂犬病のことだとする説もあるが、猫股といえば、やはり猫の怪異とされていたようである。
猫股は山奥に潜んでいるものとされ、『宿直草』や『曾呂利物語』には、深山で人間に化けて現れた猫股の話があり、民間伝承の猫股も山間部に多く伝わっている。
越中(富山県)の猫又山とか会津(福島県)の猫魔ヶ岳のように、猫股伝説がそのまま山名になっている場合もある。
また、飼い猫が古くなって猫股となることもあり、それがために長い年月にわたって猫を飼うものではないとか、齢を経た飼い猫は家を離れると山に入って猫股になるといった俗信が各地に伝わっている。(日本妖怪大事典 再版P251)

猫又絵でよく見る三味線を弾いてる芸者風の猫又を描いてみました。
妖怪図巻(国書刊行会)を参照してみると、「化物づくし」「百怪図巻」「化物絵巻」に見られます。

Facebookに上げたところ、「この猫又が弾いている三味線は何の皮だろう?」とコメントが寄せられました。

妖怪図巻の解説には「三味線は永禄年間(一五五八~一五七〇)に琉球(沖縄)から泉州堺(大阪府堺市)に伝来した蛇皮を張ったものが起源で、江戸時代になると猫の皮を張った。オスよりもメスの皮がよいともいう。絵巻の猫又は、三味線を弾いて同族をあわれむ悲しい曲をうたっているのであろうか。」とあります。

私は絵描きの洒落、というか皮肉だと思いました。
猫の妖怪を遊女風に描くのは猫、寝子の洒落だというのはよく聞く話ですよね。
江戸時代の芸者は色を売っていたわけではないのでここはかかってないのかな?
この着物の感じは遊女ではなく芸者かなと私は思うのですが、わかりません。

そういえば「続・妖怪図巻」持ってないなぁ。

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